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カスタマーレビュー
おすすめ度: 村下春樹は、最低のゴミだ。 村上春樹なんかを、なぜ読むのか? なぜベストセラーになるのか? そんな日本人は、普段いかに本を読んでいないかが分かる。 村上春樹だけをちょっと読んで、それを過大評価するのは間違っている。 もっと良い作家、もっと面白い本は、いくらでもあるのに。 西洋かぶれの、軽薄で安直な村上春樹は、日本のゴミだ。 美しい文体だが分からない 夏だし、何か深みのある作品に触れたいと思い、まだ読んだことのなかった村上春樹の作品の代表作の上巻だけを読んでみた。アマゾンでも高評価だったし。 読んでみて、何よりも引きつけられたのは、表現力の豊かさで、私の薄い読書体験の中でも、最もきれいで、思わず情景が浮かぶ表現を使う作家だと思った。 内容の深さという点は、よく分からない。何を言いたいのかが分からない。小説も芸術作品の一つだから、論理性よりも、自らの感性で感じるものなのだから、分からないと思うのも当たり前なのだが。 分からないなりに、考えてみる。 「歪み」と表現されているように、何か社会とうまく付き合えなくなった人に焦点があたって物語が進行していく。でも、主人公のワタナベくんはその、社会とうまく付き合えなくない人に魅力を感じ、愛するようになる。精神的におかしく、壊れてしまうのは、決して本人たちが悪いのではなく、世間、社会の方に何か「歪み」があるのではということを暗にほのめかしている作品、ということは言えるのかもしれない。 分からないなりに。村上作品を一度だけ読めたことが、私の人生経験にとっては、何か自信になる気がする。だから下巻も読んでみるが、感想は変わるかも知れない。 ノルウェイの森 等身大の人物たちがそれぞれの人生のなかで問題を抱え、悩み苦しみ、喜び、幸せを抱こうとして生きていく。問題は人生そのものである。人の数だけ生き方がある。死に行く者。残された者は生きている限り生きていかなくてはならないのだ。この本を読んだ人たちも自身の人生を考え生きて行くのだろう。村上春樹の文章には美しさの予感が漂っている。 夏になると読みたくなる本 この小説との出会いは、ファッション雑誌に載っていた「モテたいなら読め!!」という半分冗談交じりの特集に組まれていたことでした。 それまでほとんど本など読んでこなかった私です。 当時大学生だった私は、その有り余る時間ですぐに2週読んだことを覚えています。 それから夏になると必ず読む小説になりました。 小説の中で印象に残るような背景として使われているのは人が生活するには不便ともいえる程の山奥の冬の景色です。 それなのになぜか夏に読みたくなるのは、文中の「春は人がコートを脱ぎ捨て、何を始めるのにも適した時期だ」とあるのが、私にとっては夏が恋をするにはあまりにも適した時期だと感じているからなのかもしれませんね。 この本に出会ってからはこれまで出会った友達や彼女になんでもっとああしてやれなかったとかこうしてやれなかったのとか思うようになりました。 たとえ相手が私のことを求めていたとしても、私は自ら膜を作り、殻に閉じこもり、彼らを本質的には受け入れてはいなかったからです。 でもこの本に出会えたことで人との接し方も少しは変わったと思います。 昔から親に「本を読め」と散々言われそれでもほとんど読まなかった私ですが、今となってはもっと本を読んでよけば良かったと思います。 親は具体的に何かを求めてそう言っていたのかは分かりませんが、少なくとも私はこの本から何かを学びました。 親が読んで欲しかった本はこういった種類の本ではなかったのかもしれませんが、この本にもっと早く出会えたら人生をもっと別の歩き方をしてきたかもしれません。 そこまで私の心は揺さぶられたのです。 「根拠のない行動」や「おしゃれぶった横文字は」はあまり私も好きではないですが、それでもこの流れるような読者を引き込むような文章にはそう簡単に出会えるとも思えませんし、そこにある村上春樹の世界観は何か人をひきつける魅力があると思います。 単純にこの本に出会えたことはとても素晴らしいことだと思っています。 僕は今どこにいるのだ? 「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。」 「死は僕という存在の中に本来的に含まれているのだし、その事実はどれだけ努力しても忘れ去ることのできるものではないのだ。僕はそんな空気の塊を身の内に感じながら18歳の春を送っていた。でもそれと同時に深刻になるまいとも努力していた。深刻になることは必ずしも真実に近づくことと同義ではないと僕は薄々感じとっていたからだ。しかしどう考えてみたところで死は深刻な事実だった。僕はそんな生き繰りしい背反性の中で、限りのない堂々巡りを続けていた。それは今にして思えば確かに奇妙な日々だった。生のまっただ中で、何もかもが死を中心にして回転していたのだ。」 「僕のやるべきことはひとつしかなかった。あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分との間にしかるべき距離を置くこと-それだけだった。」 「だから読むのさ。他人と同じものを読んでいれば他人と同じ考え方しかできなくなる。そんなものは田舎者、俗物の世界だ。まともな人間はそんな恥ずかしいことはしない。なあ、知ってるか、ワタナベ?この量で少しでもまともなのは、俺とお前だけだぞ。あとはみんな紙屑みたいなもんだ。」 「それを説明するのは難しいな。ほら、ドストエフスキーが賭博について書いたものがあったろう?あれと同じだよ。つまりさ、可能性が周りに満ちているときに、それをやり過ごして通り過ぎるというのは大変に難しいことなんだ。彼女たちは何かを求めていて、俺はその何かを与えることができるんだ。それは本当に簡単なことなんだよ。そんなのあっという間に落とせるし、向こうだってそれを待っているのさ。それが可能性というものだよ。可能性が目の前に転がっていて、それをみすみすやり過ごせるか?自分に能力があって、その能力を発揮できる場があって、お前は黙って通り過ぎるかい?」 「そうだよ。ゲームみたいなもんさ。俺には権力欲とか金銭欲とか言うものはほとんどない。本当だよ。俺は下らん身勝手な男かもしれないけれど、そういうものはびっくりするくらいないんだ。いわば、無私無欲の人間なんだよ。ただ好奇心があるだけなんだ。そして広いタフな世界で自分の力を試してみたいんだ。」 「人生にはそんなもの必要ないんだ。必要なのは理想ではなく、行動規範だ。」 「まず、第一に相手を助けたいと思うこと。そして自分も誰かに助けてもらわなくてはならないのだと思うこと。第二に正直になること。嘘を突いたり、ものごとを取り繕ったり、都合の悪いことをごまかしたりしないこと。それだけでいいのよ。」 「今更出ていったって、どうしていいかなんて分かんないわよ。」 「でも新しい世界が広がるかもしれませんよ。試してみる価値はあるでしょう。」 「一番大事なことはね、焦らないことよ。物事が手に負えないくらい入り組んで絡み合っていても絶望的な気持ちになったり、短気を起こして無理に引っ張ったりしちゃだめなのよ。時間をかけてやるつもりで、一つ一つゆっくりとほぐしていかなきゃいけないのよ。時間がかかるかもしれないし、時間をかけても完全には治らないかもしれないわよ。待つのは辛いわよ。」 「たぶん私たち、世の中に借りを返さなくちゃならなかったからよ。成長の辛さのようなものをね。私たちは無人島で育った裸の子どのたちのようなものだったのよ。でもそんなこといつまでも続かないわ。私たちはどんどん大きくなっていくし、社会の中に出ていかなくちゃならないし。」 関連するリストマニア |
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